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ピッチャーさつじんじけん

投手殺人事件

坂口 安吾

「講談倶楽部 第二巻第五号」1950(昭和25)年4月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,243 字 · 57 页

青空文庫

私は目をそらして、素知らぬ顔で通過しました」

「一服君はあなたに気づいたのですか」

「存じません。私はとッさに目をそらしたから」

「それから」

「アトリエはすぐ分りました。大鹿さんは私を見ると、今、一服氏が帰ったばかりだと言いましたよ。私は彼をひやかしてやりました。葉子夫人が来るから、ソワソワ、落着かないでしょうねッて」

「彼は、葉子さんと岩矢氏が一しょの汽車で、十時四十七分に着くことを知ってますか」

「私がそれを言ってやりました。一しょに来るなんて、変テコねッて。そして、専売新聞の記者が駅に待ち伏せているッて言ってやったら、ギョッとしたわね。でも、到着の時間は教えてやりませんでした。なぜなら、私が出迎える必要がありましたからね。そして、もう着いたころよ、とごまかしておいたんです」

「ラッキーストライクと契約を結んだ話をしませんでしたか」

「私は訊いてみましたが、彼は言葉をにごして、返答しなかったのです。しかし、私には分りました。彼の態度に落着いた安心がみなぎっていたので、契約に成功したな、と分ったのです。昼、会った時は、心痛のために、混乱していたのですから」

「そして、何時ごろ、そこを出たのですか」