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おしえのきせき
押絵の奇蹟
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,749 字 · 114 页
身方の親戚知友はもとより新夫人の両親骨肉及「鷹の宿」の隣家に住める医師、兼、弁護士の免状所有者にして、篤学の聞え高きランドルフ・タリスマン氏迄も招待して、盛大なる華燭の典を挙げ、附近住民をして羨望渇仰の眼を瞠らしめぬ。
さる程にアリナ新夫人はやがて、従男爵の胤を宿しつ。月満ちて玉の如き男子を生み落しけるが、その児の顔貌一眼見るより従男爵の面色は忽然として一変し、声を荒らげて云いけるよう。
「吾家には代々斯の如き漆黒の毛髪を有せるもの一人も生れたる事なし。又汝が家の系統にもさる者なきは人の知るところにして、汝を吾が妻として迎えたる理由も亦、その点に懸って存するを知らざりしか。察するところ汝は、何人か黒髪を有する男子と密通してこの子を宿せしものに相違なし。余は斯の如き児を吾が家の後嗣として披露する能わず、疾く疾くこの児を抱きて親里に立ち去れ。而して余の責罰の如何に寛大なるかを思い知れ」
とぞ罵りける。然るにこれに対してアリナ夫人は不思議にも一言の弁解をも試みんとせず。その夜深く件の黒髪の孩児を抱きて秘かに産室をよろぼい出で、跣足のまま数哩を歩行して、翌日の正午親里に帰り着きしが、家人の隙を窺いて玄関横の応接間に入り、その正面に掲げある黒髪の美青年の肖像画の前に来り、石甃の上にたおれ伏したるまま息絶えぬ。