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りゃくだつせられたるおとこ
掠奪せられたる男
豊島 与志雄
「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,398 字 · 48 页
さあおててを上げて。……渋めっ面をして。くしゃみをして。おほほ、くしゃみだけはうまくゆかないものね。さあこちらにいらっしゃい。」
そして秀子は大きく両腕を拡げた。然しそれは、彼女があの後山田に許す唯一の愛顧であった。それ以上求めようとする時、秀子は指を眼の所に上げて「しッ!」と云った。そして山田はそのまま首を垂れた。
暑気は次第に上っていった。午後二時の温度が九十度を越す日もあった。汗と炎熱とに蒸された市人は、夕方になるとカフェーに集って冷たいもので胃袋を冷した。凉しげな二階のついてるカフェーでも、夜遅くなっても、秀子と山田とは階下の狭い暑苦しい室で我慢をしなければならないこともあった。
彼等が室の一隅で、うす汚い其処の小犬にコール・ビーフの切れをやって笑っていると、向うの卓子に居た三人の職人らしい男が、彼等の方にじっと酔っぱらった眼付を据えていた。
「あの犬も物価騰貴で痩せてるらしいぜ。」とその一人が云った。
「然し馬鹿に豪気な人も居るもんだな。だから犬の野郎いつまでもくたばらねえんだ。そこにいくと人間が一番可哀そうだぜ。」
すると三人目の角刈の若いのが、大きい声を立てて云った。