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はせくらじけん

支倉事件

甲賀 三郎

「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页

青空文庫

こゝで裁判長の心証を悪くしてはと能勢弁護人は心配したので、一声高く呼んだ。

「裁判長、被告に一言述べる事をお許し下さい」

支倉が黙して答えないので、能勢氏は一大事と裁判長の許可を得て、彼に忠告を試みた。

「能勢弁護人は裁判長の許可を得て、被告人に裁判長の訊問に答え弁明する所あらば弁明を為す方が可ならんと忠告したるに、被告人は答弁せざるに非ざるも、本日の公判に間に合うべく書類を熟読し来たらざるにより延期を乞うべく出廷したるなり。されど記憶を喚起し成るべく答弁する旨申立たり」

之だけの手数を重ねて裁判長は漸く訊問を始める事が出来た。

問 姓名は如何    答 支倉 喜平

年齢は        四十三年

職業は        聖書販売業

生地は        山形県置賜郡

筆者は何故こんな分り切った事をこゝに書くか。読者諸君よ。彼の年齢の項を見て如何の感がある。彼が抑神楽坂署に捕えられ、次で起訴せられ予審に有罪と決し、第一回の公判に立った時彼は三十六年と答えているではないか。今こゝに四十三と答えているのを見ると、人生の最も実のあるべき三十六より四十三までの長の年月を未決監に送った彼の境涯に対して一掬同情の涙なき能わぬ。