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はせくらじけん
支倉事件
甲賀 三郎
「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 204,697 字 · 406 页
余寒の氷が去りやらぬ二月半の夜更け、空はカラリと晴れて蒼白い星が所在なげに瞬いていたが、物蔭は一寸先も見えない闇だった。写真館の表は軍装いかめしい将軍の大型の写真と、数年前に流行った服装の芸者らしい写真と、その外に二、三枚の写真を飾った埃ぽい飾窓に、申訳につけられた暗い電燈が、ボンヤリ入口を照らしていた。
その入口の浅田写真館とかゝれた看板を見上げながら、一人の怪しげな男が暫くじっと佇んでいたが、中へ這入りもせず、そっと横の路次から手探りで裏口の方へ廻って行った。
裏口へ廻った怪しい男は木戸から洩れる燈火を頼りに、そっと忍寄って、コツ/\と戸を叩き出した。
さっと一条の白光線が滝のように流れて、開いた木戸から一人の男が飛出した。
木戸が再び閉ると一瞬照し出されたゴタ/\したみすぼらしい裏口の光景は消えて、四隣は又元の真の闇になった。
「大丈夫かい」
外から木戸を叩いた男が低声で云った。
「大丈夫です。もう寝ました」
中から出て来た男が囁いた。
「何か手懸りが見つかったかね」
「大した事もありませんが、こゝの主人は此頃時々公証役場へ出入しますよ。多分支倉に頼まれたのだろうと思います」