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ほうしんきょうじゅ

放心教授

森 於菟

「屍室斷想」時潮社、1935(昭和10)年3月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,647 字 · 10 页

青空文庫

所以である。

実は題して放心教授列伝としたいが見渡したところ私の周囲には私に比肩し得る放心家はない。そこで一家の伝を以て満足せざるを得ないのである。蝙蝠傘を一月に一本、万年筆を二月に一本の割で紛失するなぞは誇るに足らない。蝙蝠傘の紛失記は別の雑誌に書いたことがあるが、警視庁の遺失品係を見学した時、これが一つの尨大なる倉庫をうずめているのを見て私の同輩が天下に普く充満しているのを知って意を強くした。一年間に警視庁管内における蝙蝠傘の紛失は二万を突破するそうで、電車の五、六台はそのまま楽に入ると思われる大倉庫の周囲の壁はもちろん、中には数十段を積み重ねた棚がいっぱいにならんでその間はわずかに人が体を横にして通りうるほどの隙間しかない。そしてすべての棚の各段に一本一本日附けと場所とを記した紙片を柄にくくりつけた無数の傘が並んでいる。この古着屋のごとく空家のごときかびの臭いが充ちている薄暗い室の隅々にはなお整理しきらぬ無数の傘が塵埃にまみれて山と積み重ねられている。なおこの中には少数のステッキ雨傘もあるが大部分は蝙蝠傘で中には将校の佩剣もあった。これは遺失物中でも別室にある遺骨壺や柱時計と共に珍物とすべきである。