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ほうろうき(しょしゅつ)

放浪記(初出)

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 103,349 字 · 207 页

青空文庫

茶ブ台の上には、若草への原稿が二三枚散らばっている。

もう家には拾壱銭しかないのだ。

きちんきちんと、私にしまわせていた拾円たらずのお金を、いつの間にか持って出てしまって、昨日も聞きそこなってしまったが。

蒸してはおろし、蒸してはおろしするので、御飯はビチャビチャしていた。浜鍋の味噌も固くなってしまった。インガな人だなあ、原稿も書けないので、鏡台のそばに押しやって、淋しく床をのべる。

あゝ髪結さんにも行きたいなあ、もう十日あまりも銀杏返えしをもたせて、地がかゆい。

帰えって来る人が淋しいだろうと、電気をつけて、紫の布をかけておく。

三時。

下のお上さんのブツブツ云う声に目を覚ますと、ドタン、ドタン時ちゃんが大きな足音で上って来る。酔っぱらっているらしい。

「すみません!」

蒼ざめた顔に、髪を乱して、紫のコートを着た時ちゃんが、蒲団の裾にくず折れると、まるで駄々っ子のように泣き出してしまった。

私は言葉をあんなに用意してまっていたのに、一言も云えなくて沈黙っていた。

「さよなら時ちゃん!」

若々しい男の声が消ると、露路口で間抜けた自動車の警笛が鳴った。