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となんせんせい

斗南先生

中島 敦

「光と風と夢」1942(昭和17)年7月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,262 字 · 44 页

青空文庫

十年経つと、しかし、時勢も変り、個人も成長する。現在の三造には、伯父の遺作を図書館に寄贈するのを躊躇する心理的理由が、もはや余りにも滑稽な羞恥としか映らない。十年前の彼は、自分が伯父を少しも愛していないと、本気で、そう考えていた。人間は何と己れの心の在り処を自ら知らぬものかと、今にして驚くの外はない。

伯父の死後七年にして、支那事変が起った時、三造は始めて伯父の著書『支那分割の運命』を繙いて見た。この書はまず袁世凱・孫逸仙の人物月旦に始まり、支那民族性への洞察から、我が国民の彼に対する買被り的同情(この書は大正元年十月刊行。従ってその執筆は民国革命進行中だったことを想起せねばならぬ)を嗤い、一転して、当時の世界情勢、就中欧米列強の東亜侵略の勢を指陳して、「今や支那分割の勢既に成りて復動かすべからず。我が日本の之に対する、如何にせば可ならん。全く分割に与らざらんか。進みて分割に与らんか」と自ら設問し、さて前説が我が民族発展の閉塞を意味するとせば、勢い、欧米諸国に伍して進んで衡を中原に争わねばならぬものの如く見える。しかしながら、この事たる、究極よりこれを見るに「黄人の相食み相闘ふもの」