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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

03 第三分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页

青空文庫

「縁者はないか」

「妹がおりまする」

「なにしておる」

「土地の農家に嫁いておりまして、もう子もあろうと存じます」

「帰りたくないか、一度は」

「そんな気は起りませぬ。野武士の兄が帰って来たと聞えると、妹が、良人の縁者や世間へ、辛い思いをすると思われますから」

「――が、それは以前のこと、今では洲股城の家中、ひとかどの侍、何のひけ目もなかろうではないか」

「しかし、不破郡は、西美濃の要地でございますぞ。敵国へなにしに」

「ア、なるほど、そうであったな」

藤吉郎は、分りきっていることに、何度も頷いて――その頷きのうちに意を決めたらしく、

「しからばその方に、わしの供をいいつける。なるべく人眼立たぬ身なりして――旅支度であるぞ――宵の口までに、もう一度、この庭先の木戸まで来ておれ」

と、いいつけた。

――後で。

「にわかに、どこへお出でになるお考えか」

蜂須賀彦右衛門は、不審そうに訊ねた。

その耳へ、藤吉郎は、声をひそめて、

「実はな。……栗原山まで」

と、囁いた。

彦右衛門は、本気かと、疑うような眼をして彼の面を見直した。――先頃から藤吉郎の腹中に、何があるかは、およそ推量をつけていたが、