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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

03 第三分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页

青空文庫

城下の空気で分るものがあった。清洲の住民は、元康の姿を仰ぐに冷淡でなかった。心から和盟の成立を歓び、平和の客、春の貴賓――として元康の一行を迎え合った。

城内にはいると、信長は、自身本丸に出迎えて、

「お、お」

その人へ、莞爾と、笑みを向けた。

元康は、駒をあずけて、同じように微笑をたたえつつ、信長の前に立った。

「元康です」

どちらも若い。

元康は二十一歳、信長は明けて二十九歳だった。

その元康は、まだ乳母の手を離れない六歳の頃に、この織田家に人質として送られたことがあった。――それから正に十五年目。きょうは平和の客、春の貴賓として、この盛儀に迎えられているのである。元康自身よりも、その間の忍苦辛酸を忘れられない三河譜代の老臣たちは、万感こもごも胸にせまって、ひそかに瞼を熱くしながら、若い両太守の交歓をながめていた。

客殿には、やがて饗宴が張られた。今の織田家の富力として、きょうの国賓には、最大な礼を執った。善尽し、美尽したものであった。

信長は、主賓の元康と並んで坐った。いずれが上座、いずれが下座という態もなかった。たえず二人がにこやかに笑み交わしている様が、遥か末席の群臣からも眺められた。