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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

03 第三分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页

青空文庫

そのうちに、陽は沈みかけてくる。暑さはずんと楽にはなったが、的確な方向はつかめなかった。

道に迷う労はさしても思わなかったが、藤吉郎の胸には、稲葉山の正面にある味方との間に、諜し合わせてある戦機がある。明日の夜明けという時刻に狂いが起ると、寄手たる味方に大きな手違いを与えてしまう。――それが刻々に案じられた。

「――あッ? 待った」

稲田大炊が手を振ったのだ。突然なので、みなぎくとした。

「灯が見える!」

と、大炊は、一同の注意を求めた。こんな山中に――しかも敵城の間道にあたる所に、めったな燈火のあるわけはない。おおかたもう城近く来ていて、敵方の山見張の小屋でもあるに違いない。

「そうだ」

「気をつけろ」

油断を戒め合いながら、一行はすぐ身を伏せた。何といっても、野武士時代の鍛えがあるので、どれもみな敏捷だった。歩くにも、攀じるにも、もっとも困難らしいのは、藤吉郎であった。

「殿、殿、――これへおつかまりなさい」

彦右衛門は、岩山の途中から、彼の前へ、槍の柄を伸ばした。藤吉郎がそれにすがると、彦右衛門は、片手に彼を引き揚げながら、一つの断崖をよじ登った。