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しんのあいこくしん
新渡戸稲造論集
新渡戸 稲造
新渡戸稲造『新渡戸稲造論集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:真の愛国心、武士道の山、平民道、我が教育の欠陥、教育の目的、今世風の教育、人格の養成、人格を認知せざる国民、国際聯盟とは如何なものか、女子教育に就て、東西相触れて、イエスキリストの友誼、デモクラシーの要素、教育家の教育、自由の真髄、民族優勢説の危険、ソクラテス、「死」の問題に対して、教育の最大目的。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,620 字 · 196 页
然らば一体どういう理由で東方西方、東洋西洋などいう言葉が今日の如く盛に用いらるるようになったか。我輩思うにこの区別の起りは最初は羅馬時代であったと。羅馬はその範図を拡張するに当り、西方は渺茫たる大西洋に遮られ、その間僅に西班牙、仏蘭西、英吉利等あるのみであるが、東方に於ては欧洲の大部分を征服し、更に足一たび亜細亜に向えばそこに茫漠たる大陸を占むるの余地あり、少しく南方に向えば同じく大陸として亜弗利加を領するを得たが故に、羅馬帝国は制限なしに東方に進展するを得た。ところが羅馬に最も近き所に希臘あり、その文化は羅馬に比べて遥に優っていた。また小亜細亜よりアラビヤ、埃及に進めば、これまた本国羅馬に優るとも劣らぬ文化があったために、羅馬人はこれらの国を治むるに到底本国と同じ筆法を以てするの不可能なるを察し、始から特別の行政機関を設けて、政治的には羅馬人は優秀であるが、文学技術その他文化の大体に於ては東方が遥に羅馬に優れているので、羅馬人はこれらの諸国を治むるに少なからざる尊敬を払うていたらしい。しかしてその制度は本国を治むるのと大分に異っていた。ここに於て東西の区別を明にし、その後羅馬人は帝政を建てるに及んで、西帝国、東帝国の起ったのもこれが故である。