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しんぱん ほうろうき

新版 放浪記

林 芙美子

「女人藝術」1928(昭和3)年10月号~1930(昭和5)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 247,330 字 · 497 页

青空文庫

そのくせ何となく逢ってみたい気もする。

小説を寝て書く人だそうだ。病人なのかな。寝て書くと云う事はむつかしい事だ。ホテルはすぐ判った。おっかなびっくりで這入って行くと、女中さんはきさくに案内してくれる。宇野さんは青っぽい蒲団の中に寝ていた。なるほど寝て書くひとに違いない。スペイン人のようにもみあげの長いひと。小説を書いている人は部屋のなかまで何となく満ちたりた感じだった。「話をするように書けばいいでしょう」と言った。仲々そうはいきませんねと心で私はこたえる。散らかった部屋。誰かがたずねて見えた由にて、早々に引きあげる。ああ、宇野浩二までに行くには前途はるかなりだ。宇野浩二とはいい名前なり。寝て書けると云う事は大したものだと思う。話をするように書くと云う事が問題だ。あのね、私はねと書いてみた所でどうにもなるものではない。

作家の部屋と云うものは、なんとなく凄味があって気味が悪い。歩きながら、女子美術の生徒のむらさきの袴の色の方が、ふくいくとしていると考える。小説とはつまらないものかも知れない。人々は活々と歩き、話し、暮している。街を歩いている方が、小説よりも面白い。