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しんさいゆうき
新西遊記
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页
玉井喜作はその本の序文で、「汽船の船室に閉じこもって欧羅巴へ行くのは月並だから、わざとこういう道をえらんだまで」といっているが、ありきたりの旅行が月並だというだけのことで、それほどの波瀾と艱難に耐えられるものだろうか。もし事実なら不可解というほかはない。
山口智海が西蔵へ密入国して、ラッサ(聖都)に達するまでの苦行は、玉井喜作のそれよりも荒々しく凄涼としていて、幸も不幸ももろともにおし潰してしまう悲劇的な宿縁の翳といったようなものが感じられる。二万一千尺のヒマラヤ越えだとか、孤独無援の百日の凍原の旅だとか、異教徒と見れば、八ツ斬りにして野犬に食わしてしまう狂人じみたラマ教徒だとか、匪賊だとか、雪豹だとか、そういう道具立てはべつにして、入蔵を企てるそのこと自体が無謀な振舞いであり、無益な消耗であって、人間の精神がこれほど肉体を苛み、躍起になって無意味な目的に駆りたてて行く例もすくない。
西蔵のラッサは、今なら自動車を利用すれば、ブータン(西蔵と印度の間にある小独立国)の国境に近い印度のダージリンから五日ぐらいで行かれるが、つい二十世紀のはじめまでは、国境のまわりに立ちめぐる一万六千尺から三万尺に及ぶ山脈の防壁を利用し、乖離と排他主義の精神をおし樹てていた頑冥な閉鎖国で、清の高宗が辺外諸部との交通を禁止した