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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

といって隣の房へ連れて行った。十畳よりはやや狭い、窓一つだけある薄暗い部屋のまわりの壁に沿って、何千束とも知れぬ麻紙が厖大な量に積みあげられ、窓の下の経机の上に筆墨と青銅の油壺のついた油燈が出ている。この紙はとたずねると、和堂は「これはあなたが生涯にお使いになる紙です」といい、甘珠爾の第一巻を経机の上に置いて退って行った。

経典は法帖のような体裁になり、六万字ばかりの経文を幽玄な草体で横書きした、横長の古代殻紙を、木の表紙の間に綴じずにバラバラにおさめ、革の紐でキッチリと巻いてある。正続合せて五千百二巻、一巻平均六万字で〆めて三億六百十二万字、一時間に千字として四時間寝て廿時間書けば、一カ月六十万字の一年に七百二十万字、正続を書写するには四十年あまりかかる。いま卅歳だから、余裕をみても七十二歳までには完成すると見透しをつけた。

智海の算出どおり、正蔵千四十四巻は八年後の明治四十一年、卅七歳の四月八日に写了した。前年の秋から膝関節に炎症をおこしていたが、四十一年の正月匆々壊疽になり、正蔵を写了すると同時に脚部の切断手術をした。なにからなにまで請願どおり運行する仏生の微妙さにいまさらのようにおどろき、この分なら、続蔵を完了するまでかならず生きられるという信念を堅くした。