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ひめくり

日めくり

壺井 栄

「群像」1963(昭和38)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,884 字 · 34 页

青空文庫

病室に戻ると、文吉は顔を病人にさしよせて、しきりにうん、うん、とうなずいていた。山形の声は低くて元子にはよく聞きとれなかったが、文吉の方はいろいろと聞かされたらしく、

「そりゃあ君がよくやったからだよ。だから早くよくなって、その仕事やらしてもらうんだな。その中ぼくの詩集も出してもらいたいな」

だいぶ疲れがめだってきた。まだひどくはないがしゃっくりも出だした。しかし彼は軽いいびきを立てはじめた。久しぶりのおしゃべりに、注射なしでも眠りだすほどつかれたのかもしれない。

帰りの道で文吉は、元子と同じ不安を吐き出すように、

「あんなにしゃべって、心配だな」

「そうなのよ」

「急にすし食ったりして、大丈夫かな」

「もう、しようがないわよ。すし食う前におかゆ食えっていっても、聞く男でもないしね」

「まあ、すきにさしとくんだね。さっき、医者が匙なげたとかなんとか云ってたじゃないか。やっぱり感じて、少々やけにもなっとるのかな」

「この調子じゃあ、こっちもいつまでもとぼけてるわけに、いかなくなるわね」

「そんなことで、ひろみにぽんぽん云ってるんだろ。おれたちにあたるわけにもいかずさ」