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じつげつボール
日月ボール
小川 未明
「国民新聞」1930(昭和5)年5月4日
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 2,923 字 · 6 页
孝ちゃんの、近所に住んでいる自動車屋の主人は、変わった人でした。ぼろ自動車を一台しか持っていません。それを自分が、毎日運転して、町の中を走っているのでした。
この自動車も、もとは、りっぱなものでした。主人の清さんが、若い時分、金持ちの運転手を長くつとめていて、やめるときに、金持ちが、その自動車をくれたのでした。それから、何年たったでしょう。
欲のない清さんは、金をためるということをしませんでした。自動車は、だんだん古くなり、破れてきたけれど、新しいのを買うお金はなかったのでした。
この清さんには、いろいろなおかしい話があります。ある日のこと、ひまで困っていました。そこへ美しいモダンガールがやってきました。
「汚い、自動車なのね。いいわ、すぐにやってちょうだい。」と、女はいいました。
「お嬢さん、走るのに、かわりはありません。」と、清さんはにくたれ口をききました。
自動車が走っている間に、美しいお嬢さんは、真っ赤な手さげをあけて、香水のびんを出しました。
その香水の匂いが、たいへんに、いい香いだったとみえて清さんは、運転しながら、夢を見るような気持ちになって、どこを走っているのだか、ぼんやりしました。