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にほんふどうき
日本婦道記
山本 周五郎
桃の井戸
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,620 字 · 26 页
そう仰しゃられたときには忘れたとも云えず、赤くなって、お詫びごともしどろもどろだった。そのときもう七十を越えておいでなのに、お色の白い眉つき眼もとのはっきりとしたお顔だちで、切下げにしたお髪も黒く、とてもお年数とは思えないお若さに見えた。それがのちには血縁でもないのにおばあさまとお呼びするようになった千鶴女との初対面である。かずかずのお話があり、大人の亡くなられたこともそのとき聞いたと思うが、……やがて「気が向いたら遊びにおいでなさい」そう仰しゃって、お帰りになった。私は思いがけぬ知己にめぐり会ったことが嬉しく、にわかに身のまわりが明るくなったような感じで、その夜は久しく捨ててあった歌稿をとりだしたりして独り浮きうきと更けるのを忘れていた。
こうして私はしばしば長橋のおばあさまをお訪ねするようになった、長橋は藩の医家であるが、千鶴女の御良人もその御子息も亡くなり、孫にあたる道意という方が御当主だった。玉蔵院のお家は庭がひろくて、御隠居所は家族のおすまいとは離れた杉林の中に建っていた。茅葺きの廂の深い造りで東から南へ縁側をまわし、十帖のお部屋には北に面して書院窓が付いている。