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にほんふどうき
日本婦道記
山本 周五郎
おもかげ
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,412 字 · 25 页
そして母の墓とわかれる悲しさのほかに何のみれんもなく、迎えに来た家士と下僕をせきたてるようにして立っていった。……田舎で秀才といわれる者も江戸へゆけば、そう云われた叔母の言葉が頭に刻みつけられていたので、出府するとすぐから勉強にかじりついた。主家のかみ屋敷は上野池の端にあり、ちょっと出ればけんぶつする場所も少なくなかった。父も少しあるいてみるように云ったが、江戸詰の者に負けたくない田舎者と嗤われたくないという考えから、なにごとも措いてかえりみなかった。
「そんなに詰めてしても身につかぬだろう」
父の民部はときどきこう云った。
「学問というものはただ覚えるだけでは役にはたたないものだ。もう少しゆとりをもってよく噛み味わうようにするがよい、頭をやすめることも勉強のうちだから」
けれども弁之助にはもう習慣になっているので、詰めてすることも努力ではなかったし、休息の欲望などはまったく感じなかった。
「叔母にみっちりやられたとみえるな」
父はそう云って笑うこともあった、彼は黙って脇のほうを見ていた。父上はなんにもご存じないのだ。自分がこのように励みだしたのは母のおもかげに支えられたからである、叔母に躾けられたのではなく、かえって叔母の手から逃げたのだ。