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にほんふどうき

日本婦道記

山本 周五郎

おもかげ

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,412 字 · 25 页

青空文庫

したがって独りで学塾へかようのは子供ごころにも肩身のせまいおもいだし、また的場下の辻に悪い犬がいて往き帰りにきまって吠えられる、赤毛のずぬけて大きい犬で弁之助の知っているなかにも袴を噛みやぶられた者が幾人かいた。ひとつにはそれが恐ろしくもあったので明くる日そのことを訴えてみた。すると叔母は手をあげて彼の腰のあたりを指さしながら、

「あなたがそこに差していらっしゃるのは何ですか」と、きめつけるように云った。

「犬がこわいなどという臆病者なら武士をやめてあきゅうどにでもなっておしまいなさい」

そして弁之助がなさけなくなって、われ知らず手指の爪を噛もうとすると、叔母はその手をとって強く打った。

「悪い癖だからやめなければいけないと申上げたでしょう、いちど云われたことはよく覚えているものです」

彼はつきあげてくる涙をけんめいに抑えながら、そのときはじめて叔母さまはもう先のようにやさしくなって呉れないことを悟った。

冬になると城下町の三方にみえる山やまは重たげに鼠色の雲を冠り、それが動かなくなると重畳たる峠にいくつともなく白いものが積りだして、やがて里へも雪の季節がやってくる、その年のはじめての雪は例の少ないほどはげしい吹雪だった。