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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页

青空文庫

四

――そこで銀之丞は妹と下僕六平を伴れて大垣を立退き、諸国を廻ること二年有半、江戸へ出てからもすでに六十余日を費したが、辛苦艱難の甲斐あって、金丸湛左衛門が、赤星湛左衛門と変名、浅草鳥越に剣術指南の道場を開いていることを突止めた。

「右の次第にて、今日妹と六平を榧寺に待たせおき、拙者一人にて道場へ乗込みましたところ、かえって三十余名の門人たちに取囲まれ、危くここまで逃延びて参ったのです」

「そうであったか、――」

三樹八郎は低く嘆き声をあげた。自分たち兄妹こそ悲運の者と思っていたのに、ここにもまた悲しい運命の兄妹が命を賭して生きているのだ。

「赤星湛左衛門、――たしかにおりますな、無念流の達者で、鬼の湛左と評判は聞いている。よし、山県氏御安心なされい、妹御は三樹八郎がたしかにお救い申すぞ」

「しかし相手は多勢の門人もおり……」

「なんの、邪悪の剣が何千あろうと、正しき武道をもって臨むに何の怖るることがあろう、――日月我が上にあり!」

三樹八郎は決然と起った。

四

赤星湛左衛門は、離室の広間で門人二十五人を相手に、満悦の酒宴を張っていた。

彼の傍には、銀之丞の妹春枝が、後手に縛られて、くずれ牡丹のように嬌めかしく打伏している。