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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

山本周五郎『春いくたび』。同一底本的分册已合并为一书。收入:春いくたび、だんまり伝九、伝四郎兄妹、峠の手毬唄、初午試合討ち、梟谷物語、武道宵節句。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 70,094 字 · 142 页

青空文庫

おゆきはうれしさにせきあげながら、

「そんなに、立派になっていますの?」

「倒幕の戦が始れば一方の旗頭です。あなたのことを話したらどんなによろこぶか、……じつに思いがけぬみやげができました」

「わたくしもこれで安心いたしました」

おゆきはそっと涙をふきながらいった、「どうぞ兄にお会いになりましたら、ゆきは父さまと一緒に元気で暮しているとお伝えくださいまし」

「承知しました、――やがて日本の新しい時代が来るまで、あなたもお父上もどうか御無事で」

伊兵衛の眼にも温かい涙が光っていた。

「おい、とうとう夜が明けたぞ」

「――ついに何ごともなしか」

峠路の岩陰から、見張役の三士がふるえながら現れた。

朝はふたたびやぐら峠に来た。谷間は渦巻く濃霧で、向こうの峰をすっかりつつんでいる。日の光はまだとどかないが、頭上の空はぬぐったように晴れて、今日もまたすばらしい晴だということを示している。

やぐら峠は七曲り

谷間七つは底知れず……。

霧の中から唄声が近づいて来た。馬を曳いた五郎吉である。彼はちらと侍たちのほうへ嘲りの微笑をくれ、つんと鼻を突上げながら、

峰の茶屋まで霧が巻く……。