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じだいとひとびと
時代と人々
宮本 百合子
「婦人公論」1942(昭和17)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,256 字 · 17 页
三度に一度は、むし暑い蚊帳の中で泣きしきる赤坊を抱いて歩いているうちに、やがて朝になってしまうこともある。
そういう夜なか、さては頭の痛い昼間、種々雑多な疑問が苦しく心にせめかけた。うちでも学校でも、大人の世界は奇妙で、そこにある眼はむこうからばかり都合のいいようにこちらに向けられているように感じられる。たとえば、どこの親でも何心なく云うように、母も何か訓戒めいた場合には、今日まで生んで育ててくれた親の恩ということについて云うのであったが、それは内心の問いかえしなしに娘にはきかれなかった。親たちとしてこちらに向う態度にかさなって、漠然としかし鋭く夫婦というものの理解しがたい営みが娘にはまざまざと迫っていて、そう云われるとき、焙きつくような切なさで毎晩自分が抱く赤子の誕生が考えられた。あんなに争い、そして、子供がうまれてゆく。恩とはどういうものなのだろうか。
学校では三人仲よしがあったけれども、そんなことは迚も話しあえなかった。苦しいけれども悲しいのではないその気持。更につきつめればその苦しさにさえ云いあらわせない生の歓びが脈うって胸にこみあげて来るような息苦しい心持を、果してどうあらわしたらよかっただろう。