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とけい
時計
宮本 百合子
「ペン」1937(昭和12)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,956 字 · 8 页
そうして二ヵ月ばかり経った。
ところが、私達の生活は外的な事情から急変して、私の良人とその手頸についたアンリー・ブランの時計とは、共に私の日常の視野から消え去ってしまった。
そして、二年と八ヵ月の日と夜とが経過した。私が、髪の蓬々とのびている彼に窮屈な場所で会うことが出来るようになった時、俺の所持品はどうしたい? 時計はどうしたい、戻したか、ときいた。
これが所持品全部だと私に渡されたのは、何も入っていない茶皮のポートフォリオと、背広と、鼻からしたたったらしい血のしみのついたシャツと靴だけであった。財布も文房具もアンリー・ブランもないのであった。だが、彼は、はっきりと固有名詞を云って、それらの人間が、どこそこであの時計を俺の手からはずして机のひき出しに入れた、かえして貰え、いろいろの記念であるからと云った。私も、取戻したく思い、一通りその手続きをした。役人は、品物はないから、金で弁償する、その書類を出せというのであるが、その手続その他いろいろ厄介である上、まして、金で貰って何とするかというのが私の心であり、手続は打切り、私の心に深い憎悪がのこされてある。