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ばんか
晩夏
堀 辰雄
「婦人公論」1940(昭和15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,249 字 · 27 页
こうやって人けの絶えた外人部落をなんという事なしにぶらついていると、夏の盛り時は見ていずとも、何か知ら夏に於ける彼等の生活ぶりがそこいらへんからいきいきと蘇ってくる。――人が住んでいようといまいと、いつもこんな具合に草が茫々と生えて、ヴェランダなど板が割れて、いまにも踏み抜きそうな位に、廃園らしい感じだが、そんな中から人々の笑い声がし、赤ん坊がハンモックに寝かされ、犬が走り、マアガレットが咲きみだれ、洗濯物が青いのや赤いのや白いのや綺麗にぶらさがっている。……夕方になると、上の方の別荘からレコオドが聞え、湖水の面にはヨットが右往左往している。そして、このウツギの花の咲いた井戸端なんぞには、きっと少女が水を汲みに来て快活そうにお喋りをする。……そんな愉しそうな空想があとからあとから涌いて来る。それをまた子供のようにはしゃいで一々妻に云い訊かせながら歩いている私は、何遍となく間違えて人の家へはいって往った。
漸っと急な坂を湖水の岸まで下りて、こんどは岸の砂地を歩いた。まだ二三隻、岸に繋がれていたボオトの尻を浪がぺちゃぺちゃと叩いていた。そこにも人けは全く絶えていて、白いワイヤ種の犬が一匹、その浪打ち際を、一人で駈けずりまわっているだけだった。