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くらがりのおとまつ

暗がりの乙松

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,992 字 · 25 页

青空文庫

三次はすっと杉林を出て行った。

そこから百姓家の母屋までは、歩数にしてほんの十二三歩だが、こっちはこんもり茂った杉林の暗がりで姿を見られる心配はない。三次は百合畑の脇から横庭へぬけて、すっと土間の中へ入って行った。

静かな宵だ、どこか近くに用水堀でもあるらしく、蛙の声が澄んで聞える。梅田屋は懐中から『夜の梅』という口中薬を取出して、ぷつりと前歯で噛割りながら

「――良い宵だの」

と独言を云った。

待つほどもなく、家の中から影のようにぬけ出して来た三次は、音もさせずに素早く杉林の中へ戻る、――古薩摩の胴巻包をぽんと叩いて、

「親分、上首尾でござんした」

「空巣だな――」

「親爺ゃあ湯治場へ女房を迎えに行った留守、ちゃんと刻を計った仕事でござんす――どうかお納めなすって」

と梅田屋へ手渡をした。

「だいぶ重いの」

乙松はにやりと笑って、「まさか礫じゃあるめえの」

「切餅が四つあるはずです」

「もらっておくぜ」

「最初からそのつもりでさあ――お! 帰って来たようすですぜ」

丘の向うから人の来るのが見える。

「逃げやしょう、親分」

「まあ待ちねえ」

梅田屋は静かに制した。