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しょきかん

書記官

川上 眉山

「太陽」1895(明治28)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,182 字 · 36 页

青空文庫

湯治場の日は長けれどやがて昼にもなりぬ。今しも届きたる二三の新聞を読み終りて、辰弥は浴室にと宿の浴衣に着更え、広き母屋の廊下に立ち出でたる向うより、湯気の渦巻く濡手拭に、玉を延べたる首筋を拭いながら、階段のもとへと行違いに帰る人あり。乙女なり。かの人ぞと辰弥は早くも目をつけぬ。思いしごとく姿はきわめて美し。つくろわねどもおのずからなる百の媚は、浴後の色にひとしおの艶を増して、後れ毛の雪暖かき頬に掛かれるも得ならずなまめきたり。その下萌えの片笑靨のわずかに見えたる、情を含む眼のさりとも知らず動きたる、たおやかなる風采のさらに見過ごしがてなる、ああ、辰弥はしばし動き得ず。

折からこれも手拭を提げて、ゆるゆる二階を下り来るは、先ほど見たる布袋のその人、登りかけたる乙女は振り仰ぎて、おや父様、またお入浴りなさるの。幕なしねえ。と罪なげに笑う。笑顔の匂いは言わん方なし。

親子、国色、東京のもの、と辰弥は胸に繰り返しつつ浴場へと行きぬ。あとより来るは布袋殿なり。上手に一つ新しく設らえたる浴室の、右と左の開き扉を引き開けて、二人はひとしく中に入りぬ。心も置かず話しかくる辰弥の声は直ちに聞えたり。