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つきとてぶくろ

月と手袋

江戸川 乱歩

「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页

青空文庫

(ばかめ、その方が一層しめやすいぞッ)

相手の背中に重なり合って、すばやく右腕を頸の下に入れた。そして、相手の頸を、思いきり自分の胸にしめつけた。一所懸命に可愛がっているかたちだ。筋ばった細い頸だった。鶏をしめているような感じがした。

相手は全身でもがいていた。もうこちらの腕に手をかけることさえ出来なかった。青い顔が紫色に変って、ふしくれ立っていた。

何か女の甲高い声がしたように思った。耳の隅でそれを聞いたけれども、そんなことに気をとられているひまはなかった。彼の右腕は鋼鉄の固さになって、機械のように、ジリッジリッと締めつけて行った。ゴキンという音がした。のどぼとけのつぶれた音だろう。

無我夢中ではあったが、心の底の底では人殺しを意識していた。「こいつさえ死ねば、何もかもよくなる」ということを打算していた。どんなふうによくなるかはわからなかった。しかし、おそらくよくなることは、まちがいないと感じていた。

相手はもうグッタリと動かなくなっているのに、不必要に長く締めつけていた。鶏のように相手の頸の骨が折れてしまった手ざわりを意識しながら、もっともっとと、頑強に締めつけていた。