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つきとてぶくろ
月と手袋
江戸川 乱歩
「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页
相手に殺されそうになったから殺したのだ。したがって、計画殺人に比べて、精神上の苦痛は遙かに少なかった。そのせいか、ふたりとも、夜の悪夢に悩まされるようなことも、全くなかった。正当防衛を表沙汰にすれば、もっと気が楽であったろう。しかし、そうしては、あけみとの恋愛が破れてしまう。現在のような思う壺の状態は、絶対に来なかったにちがいない。それが辛さに、あれほどの苦労をして、アリバイ作りのトリックを実行したのだ。
彼らは幸福であった。前からの女中一人を使っての新世帯。邪魔するものは誰もなかった。股野の財産は少しの面倒もなく、あけみが相続した。股野のような守銭奴でないふたりには、思うままの贅沢も出来た。
(世の中って、なんて甘いもんだろう。おれの智恵が警察に勝ったんだ。そのほか誰一人疑うものもない。つまり世の中全体に勝ったんだ。これこそ「完全犯罪」ではないだろうか。今になって考えて見ると、おれは実にうまい智恵を絞ったもんだな。殺人者自身が、遠くから殺人の場面を目撃する。こんなトリックは探偵作家だって考え出せないだろう。いや、ないこともない。「皇帝の嗅煙草入」