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つきとてぶくろ
月と手袋
江戸川 乱歩
「オール讀物」文藝春秋新社、1955(昭和30)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,541 字 · 80 页
「股野君は、誰にも本心をうちあけない、孤独な秘密好きの性格でしたから、僕だけではない、誰にも深いことはわかっていないと思います。別に日記をつけるではなし、遺言状さえ書いていなかったのですからね」
「そう、そこが僕らの方でも、悩みの種ですよ。こういう場合に、本心をうちあけた友人がないということは、捜査には何よりも困るのです」
花田警部はそこで事件の話をうち切って、雑談にはいった。彼の話は実に面白くて、克彦もあけみも、事件のことなどすっかり忘れて、興にのったほどである。警部も克彦も、ウィスキーのグラスを重ね、だんだん酔が廻るにつれて、猥談も出るという調子で、あけみも映画人だから、少々の猥談に辟易するたちでもなく、三人とも心から、春のように笑い興じたものである。
花田警部は、その日、三時間以上もなが居をして帰って行ったが、それからというものは、三日に一度、五日に一度、訪ねてくるようになった。
真犯人と警視庁の名探偵とが、親しい友達としてつき合うというのは、克彦のような性格にとって、こよなき魅力であった。花田警部の来訪が度かさなるにつれて、彼らのあいだにはほんとうの親しみが生じて来た。