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あさめし
朝飯
島崎 藤村
「芸苑」1906(明治39)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,926 字 · 6 页
半生の間の歓しいや哀しいが胸の中に浮んで来た。あの長い漂泊の苦痛を考えると、よく自分のようなものが斯うして今日まで生きながらえて来たと思われる位。破船――というより外に自分の生涯を譬える言葉は見当らない。それがこの山の上の港へ漂い着いて、世離れた測候所の技手をして、雲の形を眺めて暮す身になろうなどとは、実に自分ながら思いもよらない変遷なのである。
こう思い耽って居ると、誰か表の方で呼ぶような声がする。何の気なしに自分は出て見た。
旅窶れのした書生体の男が自分の前に立った。片隅へ身を寄せて、上り框のところへ手をつき乍ら、何か低い声で物を言出した時は、自分は直にその男の用事を看て取った。聞いて見ると越後の方から出て来たもので、都にある親戚をたよりに尋ねて行くという。はるばるの長旅、ここまでは辿り着いたが、途中で煩った為に限りある路銀を費い尽して了った。道は遠し懐中には一文も無し、足は斯の通り脚気で腫れて歩行も自由には出来かねる。情があらば助力して呉れ。頼む。斯う真実を顔にあらわして嘆願するのであった。
「実は――まだ朝飯も食べませんような次第で。」
と、その男は附加して言った。