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あさめし

朝飯

島崎 藤村

「芸苑」1906(明治39)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,926 字 · 6 页

青空文庫

この「朝飯も食べません」が自分の心を動かした。顔をあげて拝むような目付をしたその男の有様は、と見ると、体躯の割に頭の大きな、下顎の円く長い、何となく人の好さそうな人物。日に焼けて、茶色になって、汗のすこし流れた其痛々敷い額の上には、たしかに落魄という烙印が押しあててあった。悲しい追憶の情は、其時、自分の胸を突いて湧き上って来た。自分も矢張その男と同じように、饑と疲労とで慄えたことを思出した。目的もなく彷徨い歩いたことを思出した。恥を忘れて人の家の門に立った時は、思わず涙が頬をつたって流れたことを思出した。

「まあ君、そこへ腰掛けたまえ。」

と、自分は馴々敷い調子で言った。男は自分の思惑を憚るかして、妙な顔して、ただもう悄然と震え乍ら立って居る。

「何しろ其は御困りでしょう。」と自分は言葉をつづけた。「僕の家では、君、斯ういう規則にして居る。何かしら為て来ない人には、決して物を上げないということにして居る。だって君、左様じゃないか。僕だって働かずには生きて居られないじゃないか。その汗を流して手に入れたものを、ただで他に上げるということは出来ない。貰う方の人から言っても、ただ物を貰うという法はなかろう。