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きそおんたけのりょうめん
木曽御嶽の両面
吉江 喬松
「太陽」博文館、1908(明治41)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,819 字 · 32 页
「やあ、お早うござんすね。」「お早う。」「随分つろうござんしず。」
と言いながら、先きへ立って登って行く。そして色々な話をして聞かせる。年々この山道で春先き一人や二人死人のない事はないという。そうかも知れない。細い道の一方は深い谿、一方は切立った砂山で、たえず砂が上からほろほろ崩れ落ちて来て、径を埋めて谿へ落ちて行くのである。
登りつめて平かな砂路へ出た。道の行くては大きな黒い山の中腹目がけて打当って行くようになっている。雲は折々その山の頂からかけて一面に濃く中腹までも垂れ下って過ぎて行く、一簇また一簇、その度に寒さがじっと身に沁みる。八月の中旬だというのに、山の中で蝉の声一つしない。林の樹も動かない。立ち止って耳を澄すと、岩角に突裂される雲の音が聞えるような気がする。雷鳥が一羽不意に林の中から飛び出した。
雲は次第に低くなって来た。道はまた細くなって、樅の樹の白く立枯れした林の中を行く、砕けた骨のように立っているその尖端に雲が引っかかり、裂けて、幾条にも細くなり、また集って、黙って四方に手を伸ばし、圧しつけるようにして通って行く。
皆な黙ってしまった。