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すぎがき

杉垣

宮本 百合子

「中央公論」1939(昭和14)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,051 字 · 30 页

青空文庫

月給もきっと細君の方へ送ってやって呉れって。細君てひとは孤児なんだって」

鈴木の親はその結婚を認めていないので、身よりのない若い妻をたった一人ぼっちで東京において置けない気がするのであろう。往きに岡山とかの親戚へあずけて行くと云って、同じ汽車で立って行った。

「小っちゃな子供みたいに雀斑のある顔して、そのひとは、誰にもかれにもお辞儀ばっかりしていた」

気持よく糊のついた浴衣にきかえて、大きく脚をけるように動かして兵児帯を巻きつけ終ると、慎一は、

「どうだい、峯子」

そこに立って着換えを手つだっていた峯子の肩に手をかけて、自分の方にその顔を向かせた。そして、半ばは冗談、半ばは本気という表情で、凝っと若々しい正直な妻の眼を見ながら、

「この俺だって死ぬかもしれないんだよ、大事にしてお呉れ」

と云った。すると、これをきいた峯子の顔がさあっと上気した。

「ああそんなこと」

慎一の片っ方の手をつかまえて、我にもなく自分の胸へしっかりおしつけながら、

「とうに分っていることじゃないの、何故……」

殆ど憤ったような二つの眼で慎一を見詰めたが、その眼にやがて涙が溢れて、

「そうね、あなたはまるで御存じないのね、ね、そうね」