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あんずのわかば

杏の若葉

宮本 百合子

「若草」1926(大正15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,738 字 · 6 页

青空文庫

「そんなことあるもんでない」

と立ち上った。

「どれ、もう、こりゃ二十年もこわれずにここに掛っていた時計だもん、そういきなり駄目になるこってないわな。どれ、降り、私がやって見る」

母親は、小学校というものもなかった時分に育った婆さんだから、高等小学を出たぬいより、機械なんかいじるのはもっと下手であった。ただ力はあるから、りきんで、ねじを逆に廻そうとなどする。

「ああ駄目だわ、母さん、発条が切れたら大変だよ」

「何としていいか。これは困ったな――ああ、ぬい、一走り清ちゃんとこさ行ってこ。きっといるから。あの子なら、訳はあるまい、ついこんないだ、小形屋の蓄音器をすっくりほごしてまた鳴るようにしたってもの」

ぬいは、気がすすまないながら、絣の前掛をはずして、野道を、半町ばかり北よりの清二の家まで迎いに行った。清二は戸口で藁打ちをしていた。ぬいを認めると、彼は藁を打ちながら、頭を動して笑い、

「ウウウウウ」

と挨拶した。ぬいは、まるで困った気持でお辞儀をしながら赧くなった。ぬいは、口の利ける者とばかりつき合うのに馴れているので、清二のように評判の悧巧者で、あんなに髪を分けた立派な成人(おとな)の男で、而も唖の人に、どんな風にしていいのかいつも困るのであった。