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まつばやしへんや

松林蝙也

山本 周五郎

「キング」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,092 字 · 25 页

青空文庫

先生とのお約束を果さぬうちは、どのようなことがあってもお側は去れませぬ。またたとえお給金のことがなくとも、――一旦こうと約束した以上、反古にして逃げるなどという卑怯な真似はできませぬ」

「そ、それは理窟だ、そんなことを云っているうちにもし清い体に間違いでもあったら」

「仕方がございません、わたくし初めからそのつもりで参ったのですから、――お給金も取ったまま、せっかくの約束も果さず逃げるような、恥知らずのことをするくらいなら、まだしも妾と呼ばれるほうが増しだと存じます」

道雄の顔色は紙のように白くなった、――そしてわなわな震えながら叫んだ。

「あ、あなたは先生を好いているのだな」

「――何をおっしゃるのです」

「好いているのだ、先生を好いているのだ、先生は女に好かれるんだ、あなたも口では厭だなどと云いながら心では」

「お黙りなさい」

「いいや黙らない、あなたは先生を愛してさえいる、ははははは、山根道雄は馬鹿者だった、道化の木偶だった、だが――このまま黙ってはいないぞ、たとえ先生であろうと誰であろうと、あなたの体に指一本触らせはしないんだ、どうなるか見ているがよい」