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まつかぜのもん

松風の門

山本 周五郎

「現代」大日本雄辯會講談社、1940(昭和15)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,862 字 · 26 页

青空文庫

三

「神童の小次郎ならば、いま家を継ぎまして八郎兵衛と申しております」

「彼はひどく人柄が変りました、事実を申上げましても、お上にはお信じあそばすことはなるまいかと存じます」

「まったくあんなに変った者も珍しい」などと口々に云いだした。

三

「変ったといって、どう変ったのか」

「一言では申上げ兼ねますが、詰り神童と云われていた頃とはまるで反対になったと申しましょうか、家は継ぎましたがお役にも就けず、妻を娶りましても」

「これ角之進、慎もうぞ」

側から一人が驚いて制止した。

「いや無作法は許す、申してみい」

「はあ、まことにこれは、口が滑りまして」

貝岡角之進はひどく困ったようすで、暫くもじもじしていたが、宗利に問詰められて仕方なく話しだした。宗利が江戸へ去ってから程なく、小次郎のようすはにわかに変り始めた。眼から鼻へ抜けるような利巧さは無くなるし、挙措動作も次第に鈍くなり、一家中からあれほど注目されていた才能も影が薄くなって、ついにはその存在さえ人々から忘れられていった。彼は元服して八郎兵衛と名乗り、二十五歳のとき父を亡くして家を継いだ。然し父の役目であった郡奉行の職には八十島治右衛門が就き彼は無役のまま今日に及んでいる。