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いなかがえり
林芙美子随筆集
林 芙美子
林芙美子『林芙美子随筆集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:田舎がえり、落合町山川記、貸家探し、生活、文学的自叙伝、恋愛の微醺、朝御飯、着物雑考、新生の門、平凡な女。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,157 字 · 118 页
近くなったくせに訪問しあうことはまれで、なかなかヨインのある御近所だと思っている。東中野へ出て行く道には、大名笹で囲まれた板垣直子さんの奥ゆかしい構えがある。ひところ、大田洋子さんも落合の材木屋の二階にいたのだが、牛込の方へ越してしまった。中井の駅の前には辻山春子さんの旦那さんがお医者を開業されたし、神近市子女史も落合には古くからケンザイだ。これで、なかなか女流作家が多い。
落合には女流作家とプロレタリア作家が多いと云うけれど、いったいに一癖ある人が沢山住んでいる。私が、落合に移り住んだ頃、夏になると川添いをボッカチオか何かを唄って通る男がいた。きまって夜の八時か九時頃になると合歓の木の梢をとおして円みのある男の声がひびいて来ていた。その頃、うちにいた女の書生さんは、「どんなひとでしょうね」と興味を持っていたが、ある夜使いから帰って来ると、
「紺餅を着て蛇の目の傘を差して、ちょっといい男でしたわ」
と云った。ゆうゆうと唄いながら歩いていたと云うのだ。それが、下落合の高台の家に越して来てからも、夏の夜はその唄声が聞えていた。
「段々あの声うまくなって行くわね」