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りゅうえいひろくかつえぐら
柳営秘録かつえ蔵
国枝 史郎
「国民新聞」1926(大正15)年1月5日~15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,933 字 · 27 页
鬼小僧は正直にこう云った。
「ところで俺を何者と思う?」
「さあそいつだ、見当が付かねえ」
「あれを見ろ」と云いながら老人は壁へ指を指した。洋風の壁へかかっているのは、純日本風の扁額であった。墨痕淋漓匂うばかりに「紙鳶堂」と三字書かれてあった。
「形学を学んだお前のことだ、紙鳶堂の号ぐらい知っているだろう」
「知っている段じゃアございません。だが紙鳶堂先生なら、安永八年五十七歳で、牢死されたはずでございますが?」
「うん、表て向きはそうなっている。が、俺は生きている。雲州公に隠まわれてな。つまり俺の『形学』を、大変惜しんで下されたのだ。俺は本年百十歳だ」
「それじゃア本当にご老人には、平賀先生でございますか?」
「紙鳶堂平賀源内だ」
「へえ」とばかりに鬼小僧は床へ額をすり付けてしまった。
4
その翌日から浅草は、二つの名物を失った。一つはお杉、一つは鬼小僧……どこへ行ったとも解らなかった。江戸の人達は落胆した。観音様への帰り路、美しいお杉の纖手から、茶を貰うことも出来なければ、胆の潰れる鬼小僧の手品で、驚かして貰うことも出来なくなった。
鬼小僧はともかくも、お杉はどこへ行ったんだろう?