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かき

柿

山本 周五郎

「現代」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,565 字 · 25 页

青空文庫

八

「はい」

「馬の支度をさせてくれ」

兵馬は立って、

「貴女は人眼につかぬよう屋敷へ帰っていて下さい、牧野のことは拙者が引受けました、どうか他言をなさらないで」

「承知致しました」

兵馬は遺書を懐中にすると、走るように玄関へ出て行った。……馬の支度は出来ていた、鞭を取ってとび乗ると、

「小房……よかったなあ」

と低く云った、「己は岡島国老を訪ねる、次第に依っては牧野の後を追うことになるだろう、家の事を頼むぞ」

「はい。あ……兄上さま」

兵馬はもう馬を駆っていた。

八

遺書を読み終った岡島大学は、そのまま黙って暫く宙を睨んでいた。

銀色の鬢髪が微かに震えている、ひき結んだ唇にも、皺を畳んだ赭顔にも、火桶の上にさし伸ばした拳の動きにも……老人の心を大きく衝った感動の色が歴然と刻まれていた。

「お分り下さいましたろうか」

兵馬はまだ息をはずませながら、

「牧野に過失はなかったのです」

「…………」

「過失どころか、父親のために自分の名を葬ろうとしているのです。……与吉右衛門殿がその女に不憫をかけられた気持も、世間には例の多いことで、声を大にして責めるほどの過ちではございますまい」