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かき

柿

山本 周五郎

「現代」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,565 字 · 25 页

青空文庫

――なにか話したい様子だった。

そう云った兄の言葉が、頭のなかで生物のように躍っている。

幼いときから兄と同じように馴れ親んで来た辰之助との数々の思い出が、いつか、渦の中に集まる木葉のように、小房の胸のなかでひとつの感情を中心にくるくると廻り始めていたのである。それが今しがた兄の口から、辰之助がなにか話したい様子だったと聞かされたとき、自分でも思い懸けなかったほど鮮かな生々しさで意識の表面へ浮かび上って来たのだ。

――兄上さまも待っていて下すったのだ。

はっきりそれが分ったことの嬉しさと、既に辰之助が自分に申込をする時期が来ているのだという自覚とが、今の小房にはまるで想像もしなかったことが現前したような感動であった。

牧野辰之助は藩の老臣の子である。

父の与吉右衛門は八百七十石の年寄役で、寛永武士型の一徹な性格だったが、家中の人望は篤く、若い頃から藩政の重要な位地にあって活躍し、現在では福田の新城に城代として赴任している。……辰之助はその一人息子で、母は十年まえに死し、父が福田へ赴任し去ってからは、この鶴岡城下の家に僅かな召使と住んでいた。

この頃眼に見えて兄妹を訪ねることが多いのも、父の留守で家が淋しいという理由もあったであろうが、小房が、それを或る無言の表白と受取ったのもまた自然のことに違いない。