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くわのきものがたり

桑の木物語

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页

青空文庫

六

もうよかろうと、艪臍をしめそうとしたが、そこが取れて無くなっているので唸った。

「どうしたの、漕がないの、悠ちゃん」

河岸からおみつがそう叫んだ。

その年は舟仙の家でよく遊んだ。大神楽だとか講釈師だとか、手品師とかおとし噺とか俗曲などの芸人を呼んで、二階をぶっとおして近所の者も招いたりして、賑やかに見物した。――もうそれまでに浅草寺の奥山で、その種のものはたいてい見ていたが、そういう座敷へ来る者の芸はまたべつの味があり、正篤はひじょうに楽しそうなようすだった。

六

上屋敷へ帰る日が近づいてから、おみつは悠二郎と二人きりのとき、さぐるような眼つきで彼を見ながら云った。

「なんだか今年はようすがへんね、いつもと違って信さんをばかに大事にするし、外へ出てもあんまり乱暴なことしないじゃないの」

「おめえなんぞの知ったこっちゃねえよ」

「信さんだって迷惑そうだったわよ、いつかあたしに、今年は悠ちゃんへんだって、へんにうるさくするって、そ云ってたわよ」

悠二郎はどきっとした。おみつのさぐるような眼から顔をそむけ、よし、そんなこと云やあがったら、あいつ、――などと云ったものの、胸がふさがるような思いで、おみつの側から逃げだした。