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くわのきものがたり
桑の木物語
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页
こんな和やかな時間も、正篤がいないとまがもてず、なにか喰べても、酒を飲んでも面白くない。外へでかけても勝んべは左官、瓦屋の熊は料理屋の板前、むかしの遊び仲間はみんなそれぞれ職についている。どっちをみても自分ひとり置いてきぼりをくった感じで、だんだん家にひっこんでいるようになった。
正篤は翌年四月に出府した。悠二郎は待ちこがれて、まるで恋人にでも逢うような気持で挨拶に出たが、正篤はただ祝いの言葉を聞くだけで、おそろしく冷やかな態度を示した。のこって話してゆけとも云わない、……側にいる扈従たちを見ると、新泉も原もすました顔で、すっかり色が黒くなり、躯つきも逞しくなって、いかにも側近護衛といった身構えである。悠二郎はつき放されたような、淋しい気持で御前をさがった。
正篤が出府するとすぐ、悠二郎に役目を解くという沙汰があった。おぼしめしで扈従の役を免ぜられる。追って沙汰あるまで身を劬るように、――そういうことで、お手許から二十金という御下賜があった。
――いよいよ重職の交替だな、それに相違ない、そのときしかるべき役にあげられるのだ、そのための待命というわけだろう。