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うめづしえんおうでん

梅津只円翁伝

杉山 萠円

「福岡日日新聞」1934(昭和9)年4月14日~5月31日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 页

青空文庫

を舞い終ると同時に楽屋で急逝したことは心ある人々の讃嘆するところであった位だから。

明治四十三年(翁九十四歳)、日韓合併の年の七月二日、風雨の烈しい日であった。

柴藤精蔵氏(当時二十三歳)は朝から翁の所へ行って謡のお稽古を受けていたが、その途中で翁が突然に「オーン」と唸り声を上げた。同時に容態が急変したらしいので、枕頭にいた老夫人と女中も狼狽して柴藤氏をして医師を呼びに遣った。

柴藤氏は狼狽の余り跣足で戸外に飛出したが、風雨の中の非常な泥濘をズブ濡れの大汗で、権藤病院に馳け付けて巻頭に掲げた翁の主治医寿三郎先生を引っぱって来た。

寿三郎先生の手当で翁の容態の急変は一時落付く事になったが、寿三郎氏はその時既に「最早絶望」と思ってしまったという。だから冒頭に掲げた翁の臨終の逸話は、その翌日の事である。

翁の容態の急変が三度が三度とも能楽のお稽古の最中であった事は、翁の能楽師としての生涯の崇高さを一層悲痛に高潮させる所以ではあるまいか。

梅津只圓翁の逸話

翁の逸話として何よりも先に挙げなければならないのは、翁自身の勉強の抜群さと、子弟の教育の厳格さであった。