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ばいしのつえ

梅颸の杖

吉川 英治

「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页

青空文庫

その間には、誰が京都へ来た会とか、誰が江戸へ帰る送別とか、個人個人の催しやら、よろこび事にも折あるたびに招かれて、六月半には、もう広島へ帰る帰ると云い暮していたが、盆をすぎ、十五夜もこえて、九月になった。

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山陽の生活は、こうして居る間に、まったく、母とはべつになって、彼は彼で、詩社の交友とか、知己の留別とかに、いやでも外出がちになり、帰りはきまって大酔して戻った。そして、家にあれば必ず、四畳半の山紫水明処に籠って、揮毫か、苦吟か、でなければ、二十余年間の心血を傾けてきた厖大な日本外史の草稿の中に埋もれて、その校筆に夜を徹した。

外で飲む快酔と書斎のうちの徹夜と、山陽の生活はこの二つを出なかった。母屋で寝ている梅には彼の喘ぎが自分の喘ぎのように分った。

――また、或る晩は、山陽の居間で金をかぞえる音が聞えた。そんな時、梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)は、ほろほろとひとりで泣いていた。わが子の気もちが余りにも分りすぎる彼女には、夜ひそかに、山陽が金をかぞえる音を聞くと、わが子も早や死期を知るかと思いやった。亡夫の春水が死ぬ三四年前から遺族のことのみを案じていた気もちを、その儘山陽の夜半の姿に見る気がされた。