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ばいしのつえ

梅颸の杖

吉川 英治

「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页

青空文庫

お易いことである、と承知した。

山陽は、すぐに、返書を出しておいた。

二月の初旬である。

どこやら春めいたものが、水にも、陽ざしにも、大地のものにも芽ぐみ始めた日和のいい朝だった。

約束のとおり、彼は、梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)の杖をもって、淀の三十石船へ乗った。春さきなので、わり合に混んで、どこの船着きでも、七八人ずつ乗り降りする客があった。

大坂の天満に着いて、岸へ上がろうとした時、山陽は、初めて気がついた。

杖がないのである。客をみんな上げて、敷物のむしろ迄払ってみても、杖は見当らなかった。

約束の時間があるので、彼は、ともかく洗心洞へ急いだ。

大塩家では、ただ一人の客に、玄関を清掃して待っていたらしく、

『ようこそ』

と、中斎自身が出迎えて、書院へつれた。

子息の格之進が来てあいさつをする。門下の誰彼が見える。やがて、酒肴が出て、うち解けた雑談になった。

山陽の見た中斎は、非常に第一印象がよかった。案外、官僚臭のないところが気に入った。話のうちには、近いうちに官僚をやめたいような口吻がうかがわれる。

『時に、きょうは初対面から、違約のおわびをせねばならぬ事が出来したのですが――』