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ばいしのつえ

梅颸の杖

吉川 英治

「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页

青空文庫

――御影の茶店ですぐ目についたが、よほど大事とみえて、寝間にまでそばへ寄せていらっしゃる。

彼は、幼児の稚気を親が笑う時のように、老母の気もちを罪なくほほ笑んで、その笑いの影を顔に持ったまま幸福な眠りに落ちて行った。

あくる朝は、食事を摂っているうちから、もう来訪者の殺到である。きょうは、山陽も、誰にでも会って、機嫌のいい時に出る調子高い声で人に応じて対談した。梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)もそれぞれの客に女性らしい久濶をのべた。母子は怱忙な半日を、同じ室でまったく対外的に暮して、その間に、荷を出したり、松蔭に雑務を依頼したりして、やっと、午後の三十石船に移った。

淀を上って、船で、京都まで来る間に、山陽は初めて、こんどの母の上京が、老後の有閑的旅行ばかりでなく、何か自分に言いたげな一つの問題を持っているらしいことを感じた。それが自分への叱責であった事は温かい慈愛の相の中に秋霜のようなきびしい素振りを時々見せたのでも考えられた。春水が亡い後は、子に対して盲愛に近い母性の慈しみと、そうではならぬという厳格な愛の形とが、手紙の文字にも闘っている老母を見た。