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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
涙が出るだけ出てしまうと、さわの気持も静まった。彼女は二十歳になり、独りでいることが多いため、いろいろな物語を読みあさった。実際に世間へ出たことはないけれども、多くの物語を読むことによって、世の中の仕組や、人の心のうらはら、恋や義理の辛さ、などというものを、いくらか理解するようになっていた。さわはいまでは、周囲から無視されていることが、自分の生れつきだけではなく、自分のほうから人を愛そうとしなかったことにもよるのではないか。焚木を燃やす努力をしないで、物が煮えないとじれるような、自分本位なところがありはしなかったか。そんなふうに、自分を自分の眼で見直してみる、というようになっていた。
なかの死んだのが五月初旬。七月中旬に河見家で四十九日の法事をした。他家へ嫁した者だから、ごく内輪だけのもので、寺へはゆかず、菩提寺から僧たちに来てもらった。四五日まえから降り続いた雨がまだやまず、その日は風も吹きだしたので、招かれて来た住職と二人の僧は、勤めを終るとそうそうに帰り、親類の人たちもみな早くひきあげていった。客がすっかり帰ったので、さわもあと片づけを手伝おうとしていると、父に呼び止められ、いっしょに父の居間へいった。