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えのきものがたり
榎物語
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页
それが慥かならと、さわは承知した。はつはすぐにおすげを伴れて来てひきあわせ、その翌日から、おすげはさわのところへかよって来るようになった。
世間では榎の「茶店」と呼んでいるが、それは「店」とは云えないだろう。夏は大榎の樹陰、涼しくなると陽当りの草原へ移るが、地面の上へ古い緋の毛氈を敷き、小屏風をうしろにまわして、土風炉に茶釜をかけて沸かし、野だての茶を客にすすめるのである。もちろん掛け茶屋よりも代価は少し高いが、旅客の中には珍しがって、神妙に「一服所望」などという者があり、いまでは宿へ呼ばれて茶の相手をすることなども稀ではなかった。――はじめたのは二年まえ、小出宿の絹物問屋、越前屋重兵衛の世話によるもので、うしろの丘にある住居も、やはり越重で建ててくれたものであった。さわはなにも云わないし、世間でも伝説のようにしか思われていないが、そこは彼女の生れ育った河見家の屋敷跡であり、大榎はかつてその庭に立っていたものだ。山津波はすべてを押し流し、いまではその榎しか残ってはいない。枝川を二里あまり奥へのぼった、折竹村も全滅し、叔母の嫁いだ一家もみんな死んでしまった。