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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

旅の隠居から聞いたときはそう思っただけであるが、かなり月日が経ってからふと思いだすと、それが自分の身の上のようにも感じられた。越重の息子の安二郎と、江戸にいる筈の国吉。そして自分とかれらとのかかわりが、お玉の場合のように不吉ななりゆきになるのではないか、という考えがうかび、いそいで打ち消しても、思いだすと不安な気分になるのであった。

大榎から二段ほどうしろの、丘の上にある住居からは、坐っていても魚野川が見えた。家は二た間に勝手だけで、井戸はないけれども、背後の崖に湧き水があり、樋で勝手へ引いてあるのが、いくら使っても余るほど豊かであった。近くには会津若松藩の、山方に属する樵長屋があるので、淋しくもなかったし、また、冬のあいだはその長屋の子供たちに読み書きを教えるので、くらしの足しにもなった。――越重の安二郎はもう二十六歳になる。山津波のとき救われたさわは、半年あまり越重の世話になった。越前屋は小出でも指折りの資産家で、さわのほかにも遭難者を十人あまり、自分の持ち家へ引取って世話をしたが、どういうわけかさわだけは格別な扱いで、親きょうだいの死躰もわからないと知ると、好きなだけこの家にいるがよい、と云ってくれた。